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MHさんへ

 投稿者:JCチョベス  投稿日:2010年 2月 9日(火)15時28分43秒
  これは私に対する書き込みですね
正直私自身亀田一族は嫌いですよ
ただ、この試合については試合の流れを
総括して、亀2が勝つと思ったと書いただけです
それと、自分の応援している選手が云々書かれていますが
それは人それぞれで私は別に不愉快とは思わないですね
公正に試合を見ての単なる感想ですよ
 

引き続き駄文を・・・(−_−)

 投稿者:悪童アヤラ  投稿日:2010年 2月 9日(火)02時58分34秒
  また「時代錯誤」の話題で恐縮してしまうのですが、私がみたかった試合は言い出せばキリがないんですがメイウェザーVSカサマヨール、これ見たかったなあ〜・・・。
アマ時代のスタイルが濃厚に残っていた頃のカサマヨール、好きだったんですよ。ちょうどジューコをKOして暫定王者になったエルナンデスをキリキリまえ空転させ勝った当時とか。カサマヨールも一発パンチはある選手でした。メイウェザーしかりですが、双方無理をしない選手なのでとはいいつつも「凡戦」にはならなかったと思います。息詰まる高度な緊張した睨み合い、探り合いが一転、わずかな隙をどちらかがついて決まるような感じといえましょうか。スピードではメイウェザーが勝っていましたが、総合力では決してカサマヨールは劣っていなかった。対フレイタス、コラレスよりこっちの方が個人的には興味がありました。ちょうどコラレス初戦の頃の両者を組み合わせたらおもしろかったはずです。

全く関係ない話題に逸れて再び恐縮ですが、豪州の市民権を得て帰化しているジューですがフィリップスによもやのノックアウト負けを喫した後、アメリカにいった帰り道日本に寄ってたんです。ちょうど坂本VSジョンストン、葛西VSセルメニョ(2)の試合のリングサイドで観戦してました。そしてかつてソ連の国際大会アマチームの同僚だったユーリを訪ね双方蔓延の笑みを浮かべながら談笑したた写真をどっかで見た覚えがあります。旧ソ連選手はみなどこか共通点があったものですが、一番顕著なのはアップライトスタイルと体の固さでしょう。でもユーリとジューは類似点はありつつも、かなり違ってました。デビュー当時のユーリは、よく上体をきめ細かく振り、強弱をつけながら連打をまとめたり、あとは何といってもそうは簡単に当てさせませんでした。キャリア後半のジャブそして「クロスカウンター」狙いからボディー打ちに限定されていた頃に比べ幅がありました。
一方ジューは最後まで変わらなかったですね(笑)。射程距離まですり足で左ガードを上げながらじわじわ追い込む・・・。なんでも雪道を大きな木を担ぐ労働を子供の頃からやっていたとかで、腕の力が恐ろしく強かった。バンバンと手先で打つようなパンチも凄まじい破壊力があり、「よくあんなパンチ打てるなあ〜」とはじめてみた頃は感心しちゃいました。
この間Youtubeでアマ時代の亡きフォレストとの試合見たんですが(ジューの判定勝ち)、プロ入り後とほとんど同じでした(笑)。フォレストは逆にもっと積極的だった気がしたのも感慨深かったです。
K・Y文、失礼しました。
 

関係ない話題ですみませんが・・・

 投稿者:悪童アヤラ  投稿日:2010年 2月 9日(火)02時19分42秒
  みなさん、どうも。
亀田選手関係は結果以外全く知らないのでとりあえず圏外に留まります。

この間海老原や青木など懐かしいの選手を参考に、むかしのボクシング界について「KO率」「一発パンチ」「レフリー」などについて考えてました。

「パンチがあった」という評判なのに、戦績をみてみると意外に思ったほどノックアウトがないのに特に若い方々はびっくりすることも少なくないでしょう。

ですので逆にいえば例えば60〜70年代頃、「連続KO」で無敗街道驀進していた選手などは想像を絶する偉業としか形容のしようもありません。

まずはチャべスの先駆者たるルーベン・オリバレスです。なんといっても59連勝(56KO)でしたので・・・。エデル・ジョフレは62連勝(41KO)。もう少し後だとカルロス・サラテ54連勝(52KO)アルフォンソ・サモラ30連勝(全KO)です・・・。

この手の選手はよく辛口の批評家などは「一発はそれほどなく、連打で倒す選手」などと一言で片付ける方もままいましたが、あの「くたばるまで続行させる」時代に「一発パンチ」がなければ上記のような記録は作れませんよ。対戦者の質も名だたる強豪ばかりと来てますので余計です。

古い話題で例も同じくなので気が引けてしまうのですが、ウイルフレド・ゴメスが二度目の二階級制覇挑戦時の王者は同じプエルトリカンのファン・ラポルテでした。ゴメスは40勝(全KO)、ラポルテは五割をやや上回る程度、しかし一発の破壊力は解説の小泉氏が「鉄腕アトム」と称したそのままズシーンっと吹っ飛ばすような豪打でした。

これは現在も共通するでしょうが「一発パンチ」なら一番と誰もが考える選手などが意外にも「五割」を切っている選手もいる・・・。ノリス、ルイシト・エスピノサ、シリモンコン・・・一発パンチは凄い威力です。問題はスタイルなんでしょう。

それでもやはりパンチがある選手はそれなりの実績を残す方がはるかに多いでしょう。ハーンズは32連勝(30KO)、ムガビは26連勝(全KO)、ハイメ・ガルサは41連勝(39KO0)、マクラレンは31勝(29KO)、ジャクソンは45勝(42KO))=マクラレンとの初戦まで、こういう風に現れることになります。

あとは「KO率」の問題ですが、「負け」を足さなければ話にならないのは断るまでもないでしょう。よくアナウンサーなど余り熟知したい方は勝率のみから計算してるのを垣間見ました。そうなると例えば10勝(10KO)43敗でもKO率「100%」になってしまう・・・。

ってな辺りでまとまりのない文を収めます。また近日に
 

フェアな書き込みを!

 投稿者:MH  投稿日:2010年 2月 8日(月)18時56分18秒
  アンチ亀田の目線でしか見れないのなら書き込むの控えたらいいのに…
亀田がバッティングしたら、あれはわざとやった!ダーティーだ!
亀田が判定で勝ったら、最初から決まってました!バンテージの下に何か仕込んだ!w
で内藤が悪質なバッティングしても、完全スルー。
アンチ亀田の方ってホントに不愉快です!
自分の好きな選手が小馬鹿にされたような書き込みされたらどうですか?不愉快でしょ?
ここは某巨大掲示板じゃないんだから、アンチの目線じゃなくフェアな書き込みを!
べつに、亀田をもっと絶賛しなさい!と言ってる訳じゃないですよ。
やっぱり世界の強豪と比べたら、体力的にはOKでも技術的にはまだまだだと思います。
 

勝てば官軍

 投稿者:JCチョベス  投稿日:2010年 2月 8日(月)17時52分1秒
  こんにちは
昨日途中まで見てたんですが、途中でやめてしまいました
亀2が勝つやろなって思いながら見てました
デンカオは、反則も取られたみたいですね
マンテキーヤさんの書き込みを見てると、納得の判定だったようで・・・
亀兄弟は次が正念場でしょうね
亀1は、ポン 亀2は坂田
おそらく今までで一番強敵でしょうね
坂田の打たれ弱くなった感が怖いですがね・・・
 

自滅したチャンピオン

 投稿者:マンテキーヤ  投稿日:2010年 2月 7日(日)23時04分34秒
  序盤、足を使いジャブを突く大毅。出入りのボクシングで自らの距離を作り出すと
有効な右ストレートを放ち、得意の左フックで王者を攻め立てる。

対するデンカオセーンは左右のボディーを打ち、その後は前回同様クリンチを多用する展開。
デンカオセーンはホールディングで6Rと11Rに減点を受ける始末。

中盤はさらに揉み合いが多くなりラフな戦いになるも、今回の大毅は王者のホールディング

為すがままということはなく、うまくレフェリーにアピールするなど進歩の跡が見られた。

最大の見せ場は9Rにデンカオセーンが左右フックを振るって出てきたところに大毅が
右ストレートと左フックで応戦し、王者を追い詰めたシーンか。
続く10Rも大毅のラウンド。

最終回、逆転を狙うデンカオセーンはボディーを中心に猛然と打って出るも、
ラウンド後半は大毅の反撃にまたもクリンチが多くなり、試合終了。

大毅は前回にはなかったいきなりの右ストレートが有効で、揉み合いになっても
何とか打開しようとする姿勢が、レフェリーの減点を呼んだのではないか。

デンカオセーンには前回以上の上積みはなく、2度の減点で墓穴を掘ってしまった
のは否めず、その戦いぶりには失望を感じを得ません。
坂田を2Rで屠り世界の頂点を極めた試合を思うと、あれはいったい何だったのかと。

ともあれ、それらを差し引いても大毅が世界タイトルを奪取した事実には変わりなく、
素直に拍手を贈りたいと思います。

振り返ると内藤戦での犯則で大バッシングを受け、その後に大きく成長したなと
感じさせられる試合でした。
 

明暗分けた谷津と浜田

 投稿者:マンテキーヤ  投稿日:2010年 2月 6日(土)23時51分55秒
編集済
  70年代後半、帝拳ジムに凄い天才少年がいると噂されたのが谷津弘之氏でした。
同時期プロ入りした浜田さんとは良きライバルとして鎬を削る存在だったのですが・・・。

谷津氏はフェザー級、浜田氏はJライト級で新人王にエントリー。
ともに優勝候補と目されながら、意外にも予選で敗退してしまいました。
後の日本王者今井氏に敗れた浜田さん曰く「(この敗戦が)世界戦でなくて良かった」

フェザー級はダークホースだった安里義光が優勝し、谷津に代わって一躍ホープの座に
躍り出ることに。その後の活躍はご存知のとおりです。

谷津はというと以後生彩を欠き、アヤラさんも触れられている代役で出場の韓国王者、
洪に痛烈なKO負けで一時リングから遠ざかってしまったのは残念でした。
肩の脱臼、両足の故障を抱えて、とても戦える状態ではなかったと後に知りました。

同時期、幾度の骨折で2年のブランクを余儀なくされた浜田さんもまたどん底の時代を
送りながら、見事な復活を果たしたのは世界王者になるという尋常ならぬ執念、
一言では言い表せない強い思いや努力の結晶であったと、凡人の私は畏敬の念を抱くのみです。

谷津選手は一時、ジョー小泉さんが特別コーチをしていて、それを浜田さんは横で聞いていた
というようなことをWOWOWで話していたように記憶します。
現在は放送席で並んで解説をする二人に意外な因縁があるんだなあと思ったものでした。
 

復活兆し!ボクシング熱!(^_^)

 投稿者:悪童アヤラ  投稿日:2010年 2月 6日(土)08時43分20秒
  いやあ〜疲れました。
とはいいつつまた例の「憂さ晴らし」といったら失礼なんですが、グチグチ日常の文句をぶーたれるよりは恐らく有意義だろう私の人生の「一部」である「拳闘」でやらかさせて頂きます。
仕事中も、ずっと浜田氏を知って以来から現在までを考えていました。初めてお目見えしたのは20歳、キック出身の確か福田というベテラン選手をスットプし9連続KOの試合の結果をボクマガで読んだ時かな?こういっては失礼なんですが、その写真写りが悪かったのも手伝い「なんか調子こいてそうな奴だな」などと今となっては「冒涜」考えが浮かんでしまったのは情けないことです。
人をみかけで、判断する(特に写真や人づての当てにならない話など)愚かさを噛み締めています。
その直ぐ後です、フィリピン選手をTKOしながら「骨折」に遭ってしまったのは・・・。大変な常人では想像するのも難しい苦境の日々だったでしょう。一年半くらいしてやっと再起戦が決まり(当時のジムはどこでも毎月の試合予定表が配られてましたので)、韓国王者の洪という選手が相手でサウスポー同士、どんな試合になるか・・・というより浜田氏の試合は未だ拝めずだったので、楽しみにしていました。
そこで練習中また骨折。同門の谷津弘之という選手が代理出場して呆気なく2回でのされ、「もっとやりたかった。物足りない選手でした」って感想に「むっ!」としたのを明確に覚えています。
もう忘れかけていた頃、不意に再起戦が決まって「とうとうかっ」と興奮したのも明確に脳裏に刻まれています。相手はフィリピン選手でしたが、マンテキーヤさんの仰った通り、派手な大口だのパフォーマンスなどとは無縁なのに凄まじく「プロ意識」を考え、常に「お客さん」を重んじていた態度が素晴らしいです(解説者として、現在進行中なのはいうまでもないでしょう)。
左はなるべく打たないで右フックで仕留められたいいな、と思いましたがやはり格下とはいえ相手もプロです。左をフック、アッパーと連発しざる負えないので「大丈夫かっ!」て心配しながら見ていました。無事ノックアウトし、後はレネ・アルレドンド戦まで突き進みすっかり「軌道に乗ったな」と安心する一方で、「すごい月日を過ごして来ただろうな・・・」と入場時の表情や、豪快にKOしても余り二コリともしない、根性のかたまりのように感じたのも回想します。
初回KOで王者になったのは天晴れでしたが、悲しいながら峠は越えていたような気がします。何より膝の故障が酷く、20キロのロードワークを5キロに減らしたと聞きサポーターが痛々しく感じられそれがシールズ戦でもアルレドンドとの再戦でも現れたと推察します。
タイソン初来日のセミで再起戦が日程に載り、ロジャー・メイウェザーへの挑戦も具体化していた直前での引退宣言。大したものですよ。
「膝の故障でお客さんの喜ぶような試合はできないと確信したので、決断しました」。なかなかできることではないし、日本ボクシング史上前例のないことだったと考えます。
その頃から同僚の尾崎がスターリングに挑戦し、今度はブリーランドに挑む、取材を帝拳でした写真をみたら微笑ましい笑顔で同僚の肩に手を置いている・・・完全に燃え尽きた安堵が遺憾なく伝わって来て、それだけ今まで緊張の連続がいかに大変だったかを物語っているようで涙がわいてきたもんです。
問題はというか、どれほど全てを捧げて来たかを再認識したのは引退後でした。意外にスパーリングはともかく、大橋にしろ平仲にせよ大イベントで「本気戦」をやったりするものです。高橋直人、渡辺二郎などなど、でも解説する浜田氏は「ここまでやることもないと思いますがねえ〜」と何ともバツの悪い呟きを漏らしていたのが感慨深かった。これはむろん個人の選択であり、できる人とやる気も出ない人もいるんでしょう。が、浜田氏はそういう中途半端なことに気楽に「むかし取ったきねづか」的に軽々しく出られない程「燃え尽きた」そして「真剣」な現役時代だったのだと吟味しますが如何でしょう?
だからといって決して他の元名選手たちがおかしいといっているわけではないのを強調しておきます。
WOWOWの総集編で以前、高柳アナウンサーが来年是非ともみたい試合に隠退したチャべスと浜田氏の大イベントでの特別スパーリングといったところ、
高柳氏:「どうです?スーパーアトラクションとして二回くらい・・・?」
小泉氏:「微笑・・・・・」
浜田氏:「うんっ、えっとお〜私も結構疲れてしまったんでですねっ、見る方に回ります・・・いやまああ〜チャべスのパンチはずいぶんと痛そうなんでですねっ・・・避けときます・・・」
とおちゃらけでごまかしていましたが、私にはその表情の裏に潜む苦労の連続が寂寥をかもして伝わってきたように思え、本当にお疲れ様でした。と再び敬意を表して伝えたかったです。
解説者としてどれほど素晴らしいかはまた近々、ぶたせて頂きましょう。
 

メガトン青木と浜田節(^_^)

 投稿者:悪童アヤラ  投稿日:2010年 2月 6日(土)01時57分36秒
  仕事と勉学の合間の息抜きはなんといっても「拳闘」、このサイト私をなごませてくれて嬉しい限りです。今後もよろしくお願いしますね!!

まず、メガトン青木についてですが残念ながらリアルタイムでは見ていません。私の物心ついてからのリアルタイムは小熊、石松、輪島、柴田、あとはなんといっても「具志堅」でした。海外ではアリ、フォアマン、・・・「コング・斉藤」(を知る方はもはや少ないんでしょうね)。バレーボール選手だったとかの長身で、ハワイで8連続KOなぞやらかして「凱旋帰国」の試合相手がなんと「180cm」で体重「200kg」近いボテボテ黒人選手。「カリフォルニア州王者」なんて肩書きがついてましたが、初回ミッキー・ローク氏の「ねこちゃんパンチ」じゃないですがおかしなパンチとも思えないようなのを食らってぶっ倒れてしまった(当時はまだ白黒でしたので)。この人今何処で、ナニをされているのやら・・・。アリの防衛戦の後とかに「シャドーボクシング」なぞやらかし、よく出てたんです。「アリとやるのかな?」と無邪気に思ったこの頃は、4歳くらいだったけど無性に幼心に刻まれました。とんでもない「凱旋」でしたが、ハワイに戻ってお決まり「2連続KO勝ち」なぞやらかし、「再凱旋帰国」、特別に日本の協会が許可する選手以外は「ダメ」と通達を食らい、ミドル級の長岡という選手とやって無残な2回KO負け。再戦も同じく2回で轟沈。どうもならんですね(苦笑)。
あっちこっちやかましくずれましたが、Youtubeなどでは対原田戦の無音ダイジェストしか出ないのは残念です。海老原や原田はもっと出るのですがその双方にKO負けし挙句世界王座に届かなかったのも大きいんでしょう。むかし日本のドキュメンタリーで対ジョフレ戦のダイジェスを見ましたが、二回まではいい試合してたんです。積極果敢に攻めていて。ただしKOシーンは出ませんでした。「練習嫌い」でろくに鍛えてないボディにドガッと食らいダウン、立ち上がって同所にもう一発。リング上で悶絶してた写真が痛ましいです。
私論ですが、二年後に原田が挑戦した時はジョフレはややピークを過ぎた感がありました。青木以前に10回に仕留められた矢尾板などがブラジルの天才パンチャーの真髄を真っ向から受けた勇者でしょう。もちろん「唯一人」日本から「殿堂入り」している原田氏はすごいの一言。無敗の天才に文句のいいようもない完勝でニタテを食らわしたんですから。

長谷川選手、アメリカなんかで強敵相手にやってくれないかな、と思っちゃいます。古くはロサンゼルスフォーラムでアラクラン・トーレスを滅多打ちに切り裂き、豪快にノックアウトした海老原や、スランプ期だったとはいえ後の偉大王者ダニー・ロペスをKOしたシゲ・福山みたいに。後はプライヤーに挑んだ亀田、スターリングといい試合をした尾崎。全て古過ぎますね(苦笑)。

マンテキーヤさん、
高柳アナウンサー:「スコットランドというこつで、・・・こういう正装をしてみました。浜田剛史さんよろしくお願いします・・・」「すみません、浜田さんにもこういうカッコをしていただいちゃって・・・」
浜田氏:「えっと、この国に来たということでですね・・・」
高柳氏;「はいっ・・・」
浜田氏:「その国の雰囲気を出そうと・・いうことでムリっ無理やり着させられましたっ」
高柳氏:「そういうこといいますっ・・・その「無理やり」にしては下っっ・・・着てないですけどねっ・・・」
浜田氏:「まっ、こればかっかりはカンベンしてもらいました・・・」
高柳氏:「それはっ、浜田さんということでしかし大きな会場ですねえ〜」
息が合っててホント最高ですね!!
さらに高柳氏、総集編で「これっ、一応ですね、私も「着せられている」一人なので、なんか謝ったりしてますけど、おんなじ立場なので・・・」
さてっ、時間が来ました。浜田氏の現役時代からの逸話はまたじっくり書かせて頂きます。
 

>悪童アヤラさん

 投稿者:マンテキーヤ  投稿日:2010年 2月 5日(金)23時30分50秒
編集済
  「天然」浜田氏の「名言集」には思わず笑っちゃいました。浜田さん独特の口調が
直に聞こえてくるようで、何度も「ある、ある」と頷くことしきりでした。

「お手並み拝見と行きますか」に代表される浜田節や、経験に裏打ちされた分かり易い解説で
多くのファンの支持を得ているのは間違いないですね。
その存在感は現役時代から圧倒的なものがありましたが、今も健在といったところでしょうか。

確かタイソンVSサバリース戦の時だったか、オープニングでスコットランドのスカート状の民族衣装を
浜田さん1人だけ着用を断固拒否したのも「らしいな」と思ったものでした。

現役時代の浜田さんについてはTVで、あるいはホールで数多くの試合を観戦したものですが、
何といっても別格の存在感がありましたね。
入場シーンから独特のオーラを放っていました。「リングに上がる前から、既に試合は始まっている」
まさに、彼は“サムライ”でした。
「世界を獲って欲しい」と、これ程心の底から願ったボクサーは他には居ない。そんな存在でした。

長谷川選手は世界に出しても遜色のない本格派ボクサーであるのは間違いないだけに、
ビッグネームとの対戦を見てみたいですね。
かつてはメキシコの独壇場であったバンタム級に、日本からこんなに「凄い」選手が出てくるとは・・・
感無量です。やっぱり「本物」は一味も二味も違います。“今後もお手並み拝見と行きますかな。”
 

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